原谷さんと僕の20年

急に文体が変わって、驚かれているかと思います。
僕は、長年、「宝塚ミュージックリサーチ」のWebサイトの制作、管理を担当しているヒロと申します。
2025年12月以降、原谷さんがコラムの更新をサボって…じゃなくて、長い冬眠期間に入られたようなので、ひょんな事からこちらで少しの間、コラムを書かせていただくことになりました。
原谷さんがコラムを再開するその日までのつもりですが、お目汚しになるかもしれませんが、お時間の許す限り、ご覧いただければ幸いです。
とはいえ、僕は何かしらの楽器が演奏できるわけではなく、音楽と無縁の人生を歩んできました。
なぜ、そんな僕が宝塚ミュージックリサーチのコラムに登場したかというと…
僕と原谷さんとの出会いは、2006年頃まで遡ります。
企業、個人含めて誰もがWebサイトやSNSのアカウントを持ち情報を発信している現在では考えられませんが、2006年当時、まだまだ、Webサイトを持っていない中小企業や店舗などがたくさんありました。
当時の僕は、3名ほどのデザイン事務所から、10名ほどのデザイン事務所に転職したばかりでした。そこはチラシなどの紙媒体(DTP)に強いデザイン事務所で、Webサイトの制作に力を入れるための採用でしたが、まだ案件も少なく、正直に言えば毎日が暇でした。
たまにやってくる小さな案件に対応しながら、並行してデザイン事務所のWebサイトのリニューアル作業を行って、日々の時間をつぶすというような毎日を過ごしていました。
そして、デザイン事務所のWebサイトのリニューアル作業が完了した頃、Webサイトの新規制作の問い合わせがありました。それが、原谷さんでした。
原谷さんと知り合ってから長い期間の中で、このコラムで語れるような壮大な内容はありませんが、それでも、このコラムではとても語り尽くせないようなことがたくさんありました。
ただ、20代だった僕も40代になり、後にも先にも、20年に渡って、1つのWebサイトを管理させていただいたクライアントさんは、「宝塚ミュージックリサーチ」だけという、すごく良い意味でなんとも腐れ縁です。
いつだったか原谷さんに「なんでWebサイト制作でなんの実績もなかったうちの事務所に問い合わせをしてくれたんですか?」と聞いたことがありました。
その時、原谷さんから「事務所のWebサイトがちゃんとしてたから、ちゃんとしたものを作ってくれると思って」と言われたことが、僕の今の仕事のやり方に繋がっているように感じています。
その後、僕はまた転職し、長男の誕生をきっかけに関西から山口県へ移住、20代最後の勢いだけで、Webサイトの制作を専門にする個人事業主になりましたが、変わらずに、原谷さんは僕に相談をしてくれます。
僕も原谷さんもこの20年で確実におじさんとお爺さんに向かっています。どちらかがダメになるその日まで、このいい加減で緩い腐れ縁が続けばいいなと願って止みません。



